📜 満洲文字 — 五つの文明を渡った文字

清朝皇帝が使った満洲文字は一から発明されたものではない。アラム文字→ソグド文字→古ウイグル文字→モンゴル文字→満洲文字という連鎖を経て届いた。各リンクに新たな帝国と新たな旅路が加わっている。

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レバントから紫禁城へ

清朝(1644〜1912年)の石碑を埋めるあの縦書きの輪と点の列、満洲文字は、満洲で生まれたわけではない。その系譜は二千年以上さかのぼり、紀元前5世紀のアケメネス朝ペルシャの行政言語アラム語に至る。

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満州語
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継承の連鎖はこうだ:

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シベ語
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ソグド文字での90度回転以降、この連鎖の文字に共通する特徴がある。縦書きで、列は左から右へ並ぶ点だ。これは右から左へ列が並ぶ中国古典の書き方と正反対で、満洲文書は西洋の本と同じ左開きでありながら、各列は漢籍と同じく上から下へ読む。

パクパ文字という寄り道

13世紀にチベット人僧侶パクパ('Phags-pa)がクビライ・カンのために全言語を統一的に表記するまったく新しい文字を考案した。パクパ文字(八思巴文)は1269〜1368年頃まで公印や石碑に使われ、元朝滅亡後も清朝の印璽に残った。しかしこれは並行した実験であり、満洲文字の系譜上の祖先ではない。ハングル議論へ影響を与えたとも言われるが、満洲文字はパクパ文字ではなく、ウイグル系モンゴル文字から直接派生した。

現存する後継者・シベ語

満洲語そのものは今日ほぼ絶滅に近い。だが文字は生き続けている。1764年、清朝廷はシベ族の旗人部隊を満洲から新疆の最西端に移住させた──5,000㎞以上、16ヶ月の旅だった。その子孫であるカプカルのシベ族は満洲文字と満洲語系の言語を保存し、今日もシベ語で学ぶ小学校と週2回発行の新聞Cabcal Serkinを維持している。

この縦書きの系統は、今なお二つの枝が生きている。モンゴル文字は内モンゴル自治区の公用文字であり続け、満洲文字はカプカルのシベ族のもとで日常的に使われている。二つあわせて、約2,500年前のアケメネス朝の実務文字にまでさかのぼる筆記の伝統を今日に伝えている。

アラム → ソグド → 古ウイグル → モンゴル → 満洲 → シベという系譜は約2,500年・六つの帝国にまたがる。人類史上もっとも長い文字継承の連鎖の一つが、今日も中国西部の一県で現役で使われている。

出典

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