紀元前1800〜1450年頃、クレタ島のミノア文明は宮殿の会計記録や奉納銘文を音節文字で残した。これを線文字A(Linear A)と呼ぶ。クノッソス、ファイストス、アギア・トリアダ、ザクロスなどから出土した約1400点の刻文が現存し、その大半は粘土板に刻まれた短い帳簿や奉納銘である。
ここに奇妙な状況がある。1952年、若き英国の建築家マイケル・ヴェントリスと古典学者ジョン・チャドウィックは、姉妹文字線文字Bを解読し、その背後にあるのが初期ギリシア語──紀元前1450年頃にクレタを支配したミケーネ人の言語──であることを示した。線文字Aと線文字Bは音節記号の大半を共有するため、線文字Aの記号一つ一つに線文字Bの音価をかなりの確度で当てはめられる。ku, ro, pi, te, da──そう、読める。
しかし、そこで道が途切れる。読み上げた音節列はギリシア語ではない。セム語族のどれにも一致せず、ヒッタイト・ルウィ・フルリ・エジプト──同時代のどの言語にも当てはまらない。ただの「ミノア語」であり、現存する親縁言語もなく、ロゼッタ石のような対訳もなく、ミノア人がどこから来たのか、その言語がどの語族に属するのかさえ分からない。
- 「読む」問題はほぼ解けている。 線文字Aの記号の70〜80%は線文字Bと対応関係があり、ほとんどの粘土板は転写できる。
- 「訳す」問題には手も足も出ない。 数値表の末尾に現れる ku-ro(おそらく「合計」)、奉納定型句の ja-sa-sa-ra(神名か?)、後代ギリシア語に残った地名──分かっているのはその程度である。
- 1400点は多そうで多くない。 ほとんどは1〜2語の短い記録(人名、数量、品目)であり、コーパス全体でも記号にして約7400字、単語にすれば数千語──短篇小説1冊程度でしかない。しかもその大半は会計帳簿である。
セム語説、アナトリア語説、エトルリア語と同源説、印欧語説、果てはバスク語説まで、解読を主張する論文は数多い。だがどれも学界の合意は得ていない。障害は3つ──(1)コーパスが小さく定型的すぎる、(2)文法を組み立てられるほど長い対訳テキストがない、(3)ミノア語そのものが孤立言語で、地上のどこにも親戚が残っていない可能性がある、ということだ。
同じ青銅器時代エーゲ海には、未解読のキプロ・ミノア文字や、線文字A自身が派生したと見られるクレタ聖刻文字もある。少なくとも2つ、おそらく3〜4の異なる言語を記す関連文字群が広がっていて、解読されているのは最も新しい線文字Bだけなのだ。
ゾミントスやペトラスの発掘で長文の対訳銘文が出るか、あるいは統計と形態論の手法に耐えうる長い線文字A粘土板が見つかれば、状況は変わる。それまで線文字Aは、ヨーロッパ先史時代最大の「読めるのに読めない本」として、私たちが100年前から手に取り続けている粘土板の上に黙って横たわっている。