英語の子音は24個。タア語(原綴り !Xóõ)は、その子音をどう数えるかすら言語学者の合意が得られないほど多い。アンソニー・トレイルの記念碑的記述(1985年、東ǃXoon方言)では、もっとも控えめに数えて音素子音は58個以上、のちのDoBeSによる西ǃXoon方言の記述では87個以上。ただしこれは複雑な吸着音を子音連続とみなした最小値である。複雑な吸着音をそれぞれ一つの分節音として数えれば、トレイルの資料で約130個、DoBeSで122個まで膨らむ。後者はWALSがタア語を「記述されたなかで最大の子音体系」と位置づける際に用いた数字である。いずれの数え方でも世界記録である。
タア語はトゥー語族に属する(かつての「南コイサン」分類は現在は否定されている)。南西カラハリの村々で話され、大半はボツワナ、少数がナミビアに住む。話者数は約2500人。全員がツワナ語・アフリカーンス語・コエコエ語のいずれかとのバイリンガルで、世代交代のたびに継承は綱渡りになる。
音体系の異常な豊富さには三層ある。
- 5系統の吸着音。 歯音 |、側面 ||、歯茎 !、硬口蓋 ǂ、そして両唇 ʘ。両唇吸着音──キスのようなポップ音──は世界でも数言語にしか残っておらず、タア語はその一つである。
- 約17の付随特徴。 各吸着音は有声・無声・有気・声門化・鼻音化・前鼻音化・気息音化、さらに口蓋垂や放出音と組み合わせられる。5×17で、吸着音だけでハワイ語の全子音体系の数倍に達する。
- 吸着音とは別の通常子音系列もあり、口蓋垂放出破擦音 q'χ のような珍しい対立まで含まれる。
南アフリカの言語学者アンソニー・トレイルは1970年代から30年以上タア語を記録し、1994年には『!Xóõ辞典』を完成させた。彼は静的パラトグラフィ・気流計測・X線撮影を駆使し、初期の探検家が「偶然の雑音」と切り捨てた音が、実は軟口蓋と喉頭蓋で意図的に閉鎖を作る完全な調音動作であることを示した。タア語の吸着音のなかには、人間の言語に存在する3つの気流機構すべてをひとつの子音に動員するものがある。吸着音そのものを生む舌の吸気、それに先立つ有声部を支える肺の呼気、そして直後の放出音を生む声門の気流である。さらに別系列では、軟口蓋を下げて鼻音化が加わる。
トレイルの主張は修辞ではなく統計に支えられていた。タア語の吸着音は音体系の周辺的な飾りではなく、ごく普通の子音であり、しかも語頭ではむしろ優先される。ある調査では基礎語彙の82%が吸着音で始まっており、その比率はどの非吸着音系列よりもはるかに高い。
なぜタア語はここまで「音だくさん」になったのか。カラハリが後期更新世以来の「言語避難所」であり、この音体系は失われた狩猟採集民言語の古い響きの名残なのだ、という見方は根強い(遺伝学の側からはアレック・ナイトらの2003年の研究がよく知られる)。ただし言語そのものの専門家はこれに懐疑的で、ボニー・サンズとトム・ギュルデマンは、吸着音は祖語の遺物ではなく、この地域に特別な言語的保守性があるわけでもない、吸着音の広がりは「言語の始まり」ではなくかなり新しい時代の出来事だ、と論じている。いずれにせよ、「言語は経済性へ向かう」という通念に、タア語は強烈な反例を突きつけている。地理と人口さえ許せば、音体系は限りなく膨張しうるのだ。
タア語は一般に重度の危機にあるとされる。次世代への継承が途切れれば、共同体の日常語が失われると同時に、複雑な子音体系がどのように成立し機能するかを示す重要な資料も失われる。