パーニニの『アシュターディヤーイー』(八章篇)は、紀元前500〜400年頃に現在のパキスタン北西部で成立した。約4,000のスートラ(圧縮された規則)を組み合わせてサンスクリット語の形を導出し、全文は現代の活字で約35ページに収まる。後代の言語学者は、その規則体系と適用順序を形式文法との関連で論じてきた。
パーニニ個人については、シャラートゥラ村(現パキスタン北西部、アトック近郊の Lahor/Lahur、いわゆる Little Lahore。パンジャーブ州の大都市 Lahore とは別の小村)出身、紀元前5〜4世紀活動という以外ほとんど何も分かっていない。確実に言えるのは、彼の書が暗唱前提で設計されていたことだ。アシュターディヤーイーは、文字に書き留められるまでの何世紀ものあいだ、口承によって伝えられた。音節を──つまり呼吸を──節約するためにパーニニは、独自の専門メタ言語を発明した。一文字省略、シヴァ・スートラと呼ばれる音素整列表、文脈依存規則の表記法、前行の規則条件を継承する anuvṛtti、規則衝突を解消する優先度システム──現代の文脈自由文法の生成規則と驚くほど似た形式である。
パーニニの規則は、近代言語学が1968年に独立に「再発見」した記法と本質的に等価だ:
A → B / X _ Y
「A は、X の後・Y の前という文脈で B になる」
パーニニの装置が扱う問題の例:
- サンディ。 サンスクリットは語境界で音が同化する(tat + ca → tac ca、tat + na → tan na)。パーニニはこの全体系を、循環的に適用される少数の音韻規則に還元する──1970年代に「循環音韻論」として再発見される考え方の先取り。
- 動詞形態論。 サンスクリットの動詞は約2,000形に屈折する。パーニニは有限の語幹目録、数百の接辞規則、後の規則が先の規則を阻止する tripādī 順序原理でこれを処理する──現代形態論の「他則条件」の先取り。
- カーラカ理論。 パーニニは動詞を「主語・目的語」ではなく kāraka──動作主 kartṛ、被動者 karman、道具 karaṇa、受領者 sampradāna、起点 apādāna、場所 adhikaraṇa──の意味役割で分析する。これは事実上、チャールズ・フィルモアの「格文法」(1968年)の意味役割理論を2,400年先取りしている。
パーニニの影響は比喩ではなく直接的である。アメリカ構造主義言語学の創始者の一人レナード・ブルームフィールド(1887–1949)は1927年の論文「パーニニのいくつかの規則について」で、パーニニ的な規則順序を西洋言語理論に持ち込んだ。オランダのインド学者フリッツ・スタールは1965年の論文「エウクレイデスとパーニニ」で、パーニニの文法はユークリッド幾何学と同格の形式体系だと論じた。その2年後、計算機科学者ピーター・ジラヒ・インガーマンは『Communications of the ACM』誌への投書で、バッカス標準形をパーニニに敬意を表して「パーニニ=バッカス記法」と改称するよう提案している。NASA エイムズ研究所のリック・ブリッグスは1980年代、サンスクリット風カーラカ表現を人工知能の知識表現の中間言語として提案した。そしてノーム・チョムスキーは1965年の『統辞理論の諸相』序文で、「パーニニの文法でさえ、現代的な意味での『生成文法』の一断片として解釈しうるように思われる」と述べている。
「パーニニが最高度にまで完成させたサンスクリットの記述文法は、人類知性の最大の記念碑の一つである」── レナード・ブルームフィールド、リービヒ『パーニニ=チャンドラ対照表』書評、『Language』誌5巻(1929年)
サンスクリット(saṃskṛta-「磨き上げられた、洗練された」)は、パーニニの時代にはすでに文学・祭祀の標準語だった。『アシュターディヤーイー』は、適格な語形や文を規則の連鎖から導出する仕組みを示している。そのため、後世の研究では生成文法や形式的な構文解析と比較されてきた。