一つの漢字、まったく異なる二つの語
閩南語(ホーロー語・台湾語)は、福建省・台湾・東南アジアと世界のディアスポラで約5,000万人に話される言語だ。この言語の最大の特徴のひとつが文白異讀(bûn-pe̍h ī-tho̍k)──同じ漢字に対して、まったく別々の発音システムが二つ共存する現象だ。白讀(pe̍h-tho̍k)は口語・日常語、文讀(bûn-tho̍k)は文語・正式語で、どちらも不可欠だ。
有名な対:一・兩・十
対応関係は次のとおりである:
- 一:口語 tsi̍t(例:tsi̍t ê lâng「一人」)vs. 文語 it(例:tē-it「一位」)。口語形には文語形にない語頭 ts- が付き、声調も異なる。訛りの違いではなく、それぞれ別の歴史層に属する別語として使い分けられる。
- 兩:口語 nn̄g(例:nn̄g ê「二つ」)vs. 文語 lióng。なお「二」自体には白讀がなく、jī(漳州系・台湾南部)か lī(泉州・厦門系・台湾北部)の地域差にとどまる。日常の「二つ」は「兩」と書く。
- 十:口語 cha̍p(例:cha̍p ê「十個」)vs. 文語 si̍p(例:si̍p-jī-kè「十字架」)。語頭子音まで異なる。
なぜ二つのシステムが存在するのか
白讀(口語層)の方が古い。閩南語の話者の祖先が黄河流域から福建省の山地海岸部へ南下した際(おおよそ漢代から南北朝時代)、早期の中国語音韻を携えて来た。福建の山々に隔絶され、このことばは独自の軌跡で進化し続けた──唐帝国が中国語を標準化する前の時代のことだ。
文讀(文語層)は後から来た。閩南語話者が儒教の経典や唐代の公式文書を学ぶ必要が生じたとき、文字の「正しい」唐代の発音は、自分たちが口で使う発音とは大きく異なっていた。しかし口語を捨てる代わりに、人々は文語発音をその上に「重ねがけ」したのだ。
歴史音韻資料としての閩南語
閩南語の白讀層は、北京語をはじめ北方方言の多くでは失われた古中国語・前期中古中国語の特徴を保存している。
- 入声の末子音(-p・-t・-k)。標準中国語(北京語)はこれを完全に失ったが、閩南語は広東語・客家語と同様にしっかり保持する:tsi̍tは明確な -t で終わる。
- 鼻音語頭の名残:二 jī は中古漢語の日母(*ny-)を受け継いでおり、上古漢語の再構形は Baxter & Sagart (2014) で *ni[j]-s。普通話ではこの語頭鼻音が完全に摩滅して èr となった。なお口語で「二つ」を数える nn̄g は、漢字では「兩」にあたる別語である。
「……この地域で話される方言が漢語の主流の発展から外れているのも驚くにはあたらない。……閩語は、官話に次いで、最も特徴的で捉えやすい漢語方言群である」──ジェリー・ノーマン『Chinese』(1988) p. 228
ノーマンは同じ段落で両面を並べている。閩語は他のどこにも残らない多くの古語的特徴を保存する一方で、閩語に固有の独自革新の一群も抱えている。歴史言語学における閩語の価値は、単に「古い」ことではなく、韻書の中古音から導き出せない唯一の主要方言群であり、他のどの方言も提供できない証拠を保つ点にある。
どちらの層を使うか
熟達した閩南語話者はほぼ無意識にレジスターを切り替える。市場で物を数えるときは口語 tsi̍t, nn̄g, saⁿ…、詩を朗誦するときは文語 it, jī, sam…。「十一」(cha̍p-it)は口語の cha̍p(十)に文語の it(一)が続き、「月曜日」(pài-it)は文語の数字 itと口語の「週」pàiの組み合わせだ。このコード切り替えは意識的な文法計算ではなく、母語話者として身に染みこませるものだ。
文白異讀は欠陥でも不規則性でもない。呉語・客家語・広東語にも文白の層はあり、閩南語だけの現象ではない。際立っているのは白讀層の深さだ。漢語音声史の生きた地質断面であり、あらゆる現代形以前の中国語がどう響いたかを再構する、かけがえのない証拠なのだ。