🧬 イスクイル──作者自身がすらすら話せない人工言語

ジョン・キハダが40年かけて設計した「精密さの極限」言語。音素は初版で82、格は数十、たった一語が英文の段落に相当することもある。本人ですら流暢には話せない。

タグ: conlang ithkuil engelang complexity

たいていの人工言語は「学びやすさ」を目指す。イスクイル(Ithkuil)はその真逆だ。これは工学言語(engelang)と呼ばれる種類で、設計目的が明示的に「最小の形態素で最大の認知情報を運ぶこと」、すなわち作者の言葉でいう「理想化された言語工学の実験」である。

🗺️ イスクイルの「故郷」(どこにもない)へ飛ぶ インタラクティブ版を開く

作者はジョン・キハダ(John Quijada)。カリフォルニア州車両管理局の元職員で、アメリカの独学言語学者だ。彼はMbozoPskeojといった初期の習作を経て、1978年に後のイスクイルとなる言語の構想へ着手し、2004年に最初の完成版を個人サイトで公開、2007年には音韻を簡略化した改作Ilaksh(イラクシュ)を出し、2011年にはそれを撤回・拡張した第3版「Ithkuil 2011」を発表して2020年まで改訂を続けた。そして2023年2月、後継言語New Ithkuil(TNIL=The New Ithkuilic Language)に置き換えている。彼自身、イスクイルをコミュニティ言語にすべきだと主張したことは一度もない。あくまで思考実験だ。

設計指標はめまいがするほど過剰だ。

有名な例文を引こう。

Tram-mļöi hhâsmařpţuktôx.
「だが私としては、この険しい山脈は、どこかの時点でなだらかに消えていくのかもしれない、と思う。」

2語で英文一文。これがイスクイルの本領だ。

🗺️ キハダの拠点カリフォルニアへ インタラクティブ版を開く

2012年12月、ジョシュア・フォアが『ザ・ニューヨーカー』に「Utopian for Beginners(初心者のためのユートピア)」と題する長編記事を発表し、イスクイルは一気に世間に知られた。記事によれば、ロシア語圏では「プシコネチカ(psychonetics)」という自己開発運動の信奉者たちがイスクイルに熱狂しており、キハダは2010年7月にカルムイク共和国の首都エリスタで、2011年5月にはキエフで開かれた大会に招かれた。キエフの会場では、この運動を率いる心理学者オレグ・バフチヤロフ(言語学者ではない)が、自身の主宰する私立校「効果的発展大学」のキエフ本校と三つの分校で、次学期からイスクイルを必修科目にすると宣言した。だがキハダは彼らの奇矯さに戸惑い、次の招待は辞退している。

キハダは自分でもイスクイルを流暢には話せないと認めている。一文を即興で発するためには、口を開く前に数十の文法カテゴリーから意識的に選択を行わねばならない。30年経った今でも、自分の作った言語で一文を組み立てるのに数分かかることがあると、彼はインタビューで語っている。

イスクイルは失敗作だろうか。コミュニティ規模で測ればそうかもしれない。だが、人間の発声器官が1秒あたりに運べる意味量の限界はどこか──それを40年かけて探究した言語建築として、肩を並べる存在はない。エスペラントが自転車なら、イスクイルはサターンV型ロケットだ。誰も通勤には使わない。だが、何が物理的に可能かを示すものとして、これは紛れもなく偉業である。

出典

関連する読み物

関連: 読み物 · Word Map — 基本30語 · Han Map — 漢字の読み

インタラクティブ版を開く: Word Map · HanMap · Name Map · Word Order · Tree

LangMap — 言語の可視化プロジェクトの一部です。これは静的でクロール可能な要約です。インタラクティブマップでは発音音声・フィルター・地球儀ビューを利用できます。

制作 Heuron Inc. · GitHub · cho@heuron.com · LangMap ホーム